人類史上最高の暮らし
子供の頃、タイタニックという映画を見たことがある。
というか、好きすぎて、何百回も見た。
当時はビデオやテレビというものをよく理解していなかった。
そのため、すでに結論が出ているということも知らず、氷山に衝突するシーンを何回も巻き戻し、次こそは氷山との衝突を回避してくれと願っていた。
絶対に沈まないと言われた世界最大の豪華客船が、最初の航海で氷山に衝突し、沈没する。
タイタニックはストーリーが一直線に進み、子供でも理解しやすい内容であった。
前半部分でジャックがローズを助けたお礼として、一等の夕食に招かれるシーンがあった。
子供の頃はそれを見て心底羨ましいと思った。
途方もないほどのお金を持っていて、何不自由なく暮らしているのだろう。
そう思っていた。
しかし、大人になるにつれ科学技術の進歩などを勉強していくと、一概にそうとは言えないのではないかと思うようになった。
特にタイタニックが沈んだ20世紀は科学技術がとんでもなく進歩した時代であった。
それ以前の1万年にもわたる農耕牧畜の歴史で生じた進歩をはるかに凌駕するものであった。
当時、タイタニックに乗っていた一等船客は、途方もない金を持っていただろうが、大西洋を横断するのに1週間はかかる予定であった。
今は、どうだろう。
先進国に住んでいる人間ならば、
大西洋を横断する航空券を容易に購入できるだろう。
それでかかる時間は、7時間以下。
7日から7時間へ。圧倒的とも言える時間の短縮である。
ポケットにはコンピュータ搭載のスマートフォンを所持し、当時の世界のいかなる権力者よりも多くの情報を手に入れられる。
頭上には数千の人工衛星が飛び、抗生物質の発見など医療の進歩により、当時の大金持ちですら受けられなかった水準の医療を受けることができる。
ハーバーボッシュ法により、16億人しかいなかった人類が、70億人を超えるまで増えることができた。
今なお世界各地でテロや紛争が起こっているが、統計的に見ればその頃よりも世界は格段に平和で安全になっている。
そう考えると、1912年の大金持ちよりも、21世紀の先進国の中間層の方が良い暮らしをしているのではないだろうか。
そう考えると、特段羨ましいとは思わなくなってきた。