社会人になって目標を失った話
4記事にして、本ブログの趣旨を書くのは遅い気もするが、このブログの趣旨は、
「新社会人がおとなしく毎日会社に通い、給料日を心待ちにし、給料のほとんど全てでS&P500に連動するETFを買い続け、科学技術が進歩するのを待ち、月面歩行を目指す。」である。
突拍子も無い話かもしれないが、社会人になり目標を失った今、はっきり言ってそれぐらいしか楽しみがないのが現状である。
毎日、満員電車に乗り、昨日と同じ職場に行き、同じ人と出会い同じような仕事を繰り返す中で、もはや絶望しかなかった。
40年も続くのか・・・
進歩ってなんだろう。希望ってなんだろう。
向上心ってなんだろう。
10年後の自分が、向かいの席の人と重なった。
すでにうんざりしていた。社会人1週間目のことだった。
しかし、そんな毎日に希望を与えてくれたのが、インデックス投資と宇宙開発だった。
特にS&P500は、ほとんどのプロの投資家の運用成績を凌駕しているということを知った。
自動で、平日に5,500円 S&P500に積立続けることにした。何があっても、積立続ける。
満員電車に乗っているときも、今この瞬間もS&P500に含まれている名だたる巨大企業は、利益拡大のために努力しているのだと、appleのiphone6でGoogle検索しながら物思いにふけっていた。(appleもgoogleも、S&P500に含まれている。)
職場で嫌な上司がいても、コカコーラを飲んでいれば、ごくわずかかもしれないが、
私のもとに配当金が振り込まれる。
そのように考えると、S&P500を構成する企業の成長が生きがいとなってきた。
そして、子供の頃アポロ13を見て、感動したことを忘れずに、いつの日か民間人として月面旅行に行けるぐらいの金融資産を構築できるように、頑張って毎日を耐えしのぼうと思うようになった。
人類史上最高の暮らし
子供の頃、タイタニックという映画を見たことがある。
というか、好きすぎて、何百回も見た。
当時はビデオやテレビというものをよく理解していなかった。
そのため、すでに結論が出ているということも知らず、氷山に衝突するシーンを何回も巻き戻し、次こそは氷山との衝突を回避してくれと願っていた。
絶対に沈まないと言われた世界最大の豪華客船が、最初の航海で氷山に衝突し、沈没する。
タイタニックはストーリーが一直線に進み、子供でも理解しやすい内容であった。
前半部分でジャックがローズを助けたお礼として、一等の夕食に招かれるシーンがあった。
子供の頃はそれを見て心底羨ましいと思った。
途方もないほどのお金を持っていて、何不自由なく暮らしているのだろう。
そう思っていた。
しかし、大人になるにつれ科学技術の進歩などを勉強していくと、一概にそうとは言えないのではないかと思うようになった。
特にタイタニックが沈んだ20世紀は科学技術がとんでもなく進歩した時代であった。
それ以前の1万年にもわたる農耕牧畜の歴史で生じた進歩をはるかに凌駕するものであった。
当時、タイタニックに乗っていた一等船客は、途方もない金を持っていただろうが、大西洋を横断するのに1週間はかかる予定であった。
今は、どうだろう。
先進国に住んでいる人間ならば、
大西洋を横断する航空券を容易に購入できるだろう。
それでかかる時間は、7時間以下。
7日から7時間へ。圧倒的とも言える時間の短縮である。
ポケットにはコンピュータ搭載のスマートフォンを所持し、当時の世界のいかなる権力者よりも多くの情報を手に入れられる。
頭上には数千の人工衛星が飛び、抗生物質の発見など医療の進歩により、当時の大金持ちですら受けられなかった水準の医療を受けることができる。
ハーバーボッシュ法により、16億人しかいなかった人類が、70億人を超えるまで増えることができた。
今なお世界各地でテロや紛争が起こっているが、統計的に見ればその頃よりも世界は格段に平和で安全になっている。
そう考えると、1912年の大金持ちよりも、21世紀の先進国の中間層の方が良い暮らしをしているのではないだろうか。
そう考えると、特段羨ましいとは思わなくなってきた。
アポロ計画がどれほど偉大なものであったか
「私の息子は、40歳になる前に月を歩くの。」
もしも、ニール・アームストロングの母親が、彼が生まれた年である1930年にそのようなことを言ったら、誰もが相手にしなかっただろう。
1930年。世界大恐慌の真っ只中。
27年前にライト兄弟が人類史上初の動力飛行に成功し、そしてわずか3年前にリンドバーグが大西洋横断飛行に成功したばかりだった。
宇宙に動物はおろか、いかなる物体も飛ばしたことはなかった。
そんな時代に、わずか39年後に人類を月面に送り込むことができるようになるなんて、
一体誰が想像できただろうか。
月は、地球から太陽の次にはっきりと確認することができる。
しかし、どれだけ手を伸ばそうと、そこに到達することは絶対にできなかった。1969年より前の地球生命は。
わずか300年ちょっと前に、ガリレオ・ガリレイはコペルニクスの地動説を主張し、有罪となった。
300年ちょっとという長い歴史から見れば、一瞬とも言える短い期間に、人類は地球が宇宙の中心にあるのではないということを知り、蒸気機関によりとてつもない力を手に入れ、鳥でもないのに空を飛び、月に人類を送り込むまで科学技術を発展させたのだ。
これは、本当にすごいことである。いくら第二次世界大戦やその後の冷戦による軍拡競争があったからとは言え、ここまで短期間に科学技術を発展させるとは、まさに指数関数的スピードの進化である。
今でも人類最大の偉業だと言われることも多いアポロ計画。
科学の進歩の歴史を見れば、1969年に人類を月に送り込むことがどれだけ奇跡的なことであったかわかるだろう。
そして、アポロ計画において、私が生まれるよりずっとずっと前にアポロ11号が月に行ったという事実を知り、生きている間に月に行くということが私の生きる目標になった。
最低でも地球軌道上で良いから宇宙には行きたい。可能ならば、月を歩いてみたい。
願わくば火星に行って、青い夕日をこの目で見てみたい。
宇宙飛行士としてではなく、民間人の宇宙旅行者として。
ある日、そう心に誓ったのであった。
SFだと思っていたアポロ計画
昔、「アポロ13」という映画を見たことがある。
人類史上3度目の有人月面着陸を目指して地球を出発した3人乗りの宇宙飛行士が、
月に向かう途中で機体の爆発事故を起こし、
月面着陸はおろか地球への帰還も危ぶまれてしまう。
しかし、ヒューストンの管制室との連携によって、奇跡的な生存を遂げるというあらすじである。
月に向かう有人宇宙船が、宇宙で遭難する。最初に見たとき、これはSFに違いないと思っていた。
当時は、スペースシャトル全盛期。ISS(国際宇宙ステーション)の建設も始まっていたが、地球軌道上での話である。
月に人類を送り込み、月面を歩行させるなんて、夢のような話は一体いつになったらできるのだろう。
そう思いを馳せていた。
しかし、2回目以降に見たときに、強い違和感を感じた。冒頭にアポロ11号の宇宙飛行士が人類史上初の月面着陸を成し遂げる瞬間がテレビ中継され、それを大勢で見るシーンがあるのだが、そこにあったのは液晶テレビではなく、ブラウン管テレビだったのだ。
コンピュータはあるにしても途方もない大きさだったし、何より誰一人携帯電話を持っていなかった。
SFにしては細部まで作りこまれていないなあと思っていたとき、親から衝撃の事実を聞かされた。
何と、アポロ計画は本当にあった史実であったのだ。
12人の宇宙飛行士が月面を歩行し、無事に帰還したのである。
この時の衝撃を忘れることはできない。夜空に輝く月。どれだけ手を伸ばしても、届かない場所に、30年以上も前に人類は到達していたのだ。
中世ヨーロッパ人が、古代ローマ時代の水道橋を見て、こんなものを人間が作れるわけがないと思うのと同時に、30年以上前に、人類を月に送り込むことができたなんて、私は信じることが出来なかった。
それから何度もアポロ計画の映像を見た。
発射台から打ち上がるサターンV。機体に描かれたUSAという文字が、当時の米国のとてつもない国力を示しているように感じた。
月軌道上で司令船と月着陸船が分離し、月着陸船のみが月面着陸をした。せっかく月まで行ったのに、たった一人で司令船で待っているなんて可愛そうだなと思った。
そして、地球を出発した時点で全長100メートル以上あったのに、月から帰還した時には小さな司令船だけになっており、純粋にもったいないなと思った。(これがアポロ計画が長続きしなかった原因の一つなのだが。)
考えてみれば、人類史上初の月面着陸の成功までの科学技術の進化は、
驚異的であったと言える。
1912年。この年のトップニュースはおそらくタイタニックの沈没であるだろう。
世界最大の豪華客船が、ニューヨークに向かう途中の大西洋で遭難し、1500名以上が亡くなるという大惨事が起こった。
それから、58年後。同じく4月。
アポロ13号は、月に向かう途中の、宇宙空間で遭難した。
予定ではタイタニックは約1週間で大西洋を横断する予定であった。
一方、
アポロ13号は、4日で月まで到達する予定であった。
船で大西洋を横断するより、宇宙船で月まで行くほうが早い。
この時点で、驚きは隠せない。
いつの日か、月面を歩行してみたい。そんな夢を、幼い頃見ていた。